【新名一仁『「不屈の両殿」島津義久・義弘』感想】島津はグダグダ?貧乏?
こんにちは〜!
戦国武将・大名の、
島津義久・義弘って、
それぞれどんなイメージが
ありますか?
ん?
何となくだけど、
義久はしっかりと家臣をまとめ上げ、
義弘は朝鮮での活躍とか、
関ヶ原の戦いでの敵中突破とか、
強くて大胆なイメージ
かな!
なるほど。
じゃあ島津家そのもののイメージは?
屈強な戦士達で、
物資も豊富な大名!
というイメージかな。
ふむふむ。
残念ですが、
事実は多少違ってます。
え?
どこが?
義久は家臣を、
全然まとめられてません。
さらに、
島津家は物資がありません。
というか貧乏です。
え〜?
島津のイメージが
崩れるわ〜!
今日は、そんな、
島津家の史実
を書いた本を紹介します!
「不屈の両殿」
島津義久・義弘
という本です!
『不屈の両殿』は、
- 義久・義弘の島津相州家が本家を凌ぐ過程
- 九州での戦い
- 豊臣政権での島津家のグダグダっぷり
- 朝鮮出兵
- 庄内の乱
- 関ヶ原の戦い
など、
義久・義弘両殿の、
一生を説明してあります。
島津が好きな人には、
オススメです!
この記事は多少、
本の内容をネタバレしてますが、
それでも本の内容の1/500位の、
基本的な事だけです。
この記事を読んで、
島津義久・義弘について、
詳しく知りたくなった人は、
この本「不屈の両殿」を、
読んでみてください!
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目次
「不屈の両殿」はどこからどこまでの島津家が書いてある?
「不屈の両殿」、
どこからどこまでの
島津義久・義弘について、
説明してあるの?
まず島津義久・義弘の、
島津相州家が
本家を凌駕して薩摩を統一
→大隅・日向を統一
→高城・耳川の合戦で大友家に勝利
この九州統一戦の辺りは、
『不屈の両殿』では、
簡単な説明になってます。
島津家の
九州統一戦について
詳しく知りたい人は、
上の
「島津四兄弟の九州統一戦」
を読んだ方が良いと
思います!
その後、
豊臣政権での島津家が説明してあり、
- 朝鮮出兵
- 庄内の乱
- 関ヶ原の戦い
- 琉球出兵
と続きます。
まとめると、
「不屈の両殿」、
- 島津家の九州統一戦(簡単に)
- 豊臣政権での島津家
- 朝鮮出兵
- 庄内の乱
- 関ヶ原の戦い
- 琉球出兵
などの内容で、
島津家について説明してあります!
豊臣政権により島津家は貧乏に?
豊臣政権での、
島津家って、
よく知らないんだけど、
どうなの?
まず、
石田三成や細川幽斎(藤孝)が、
島津領に内政干渉してくる。
え?
内政干渉って、
たいていは
良くないよね?
そう。
島津領は
元々グチャグチャな内政だったのに、
三成と幽斎が干渉してくる事で、
さらにグチャグチャになる。
大混乱するんだ😅
マジか!
三成と幽斎、
何してんの!
有名な人だから
有能な人だと
思ってたよ!
そして元々貧乏だった島津家は、
この混乱のせいで、
さらに貧乏になる。
秀吉に贈り物も
ロクにできなくなるんですよね。
「島津は貧乏」って、
本当なんだ…!
朝鮮出兵でも、
「これ位の兵を準備しとけよ」
と言われた数の兵を
準備できなかった。
ましてや、
自分達が乗る船さえも、
自前で準備できなかった😅
え?
もともと貧乏なのと、
三成・幽斎が悪いんだけど、
秀吉に怒られるんじゃね?
その通り!
「日本一之遅陣」
と秀吉に言われ、
義久・義弘の弟、
歳久が首を切られたりした。
え!
兵や船を
揃えられなかったら、
首をはねられるの?
秀吉は怖い!
まあ元々、
歳久が秀吉に逆らったり、
義久に家臣を抑える力がないのが、
混乱の原因なんだけどね😅
可愛そうだけど、
自業自得なのか〜!
そしてコレが、
島津はグダグダ
という所なんだね」
そういうことです!
豊臣政権での島津家、
元々貧乏だったのに、
石田三成・細川幽斎の内政干渉で
さらに貧乏に!
朝鮮出兵での兵・船を用意できず、
秀吉に「日本一之遅陣」と怒られ、
弟・歳久の首をはねられたりしました!
庄内の乱とは?
ところで、
庄内の乱
って、
あまり聞いた事の
ない乱だね。
どんな乱なの?
島津家臣から
豊臣大名として独立した、
伊集院忠棟
(いじゅういんただむね)
という人がいるんだけど、
関ヶ原の戦いの直前位に、
島津家当主の忠恒(ただつね)が、
忠棟をいきなり斬り殺すんだよね😅
え?
乱暴過ぎ‼️
そんな事して
大丈夫?
もちろん、
全然大丈夫じゃない😅
忠棟の息子・伊集院忠真(ただざね)が、
伊集院氏の居城・都城を中心とする、
庄内十二外城に籠城して、
島津家に反抗するんだ。
うわ!
戦争になっちゃうんだ!
これに徳川家康や、
加藤清正など九州の大名も干渉し、
大きな乱・庄内の乱になる。
大変そうだ!
庄内の乱について詳しいことは
「不屈の両殿」を読んでもらうとして、
庄内の乱はこんな感じの乱です!
島津忠恒が伊集院忠棟を
斬り殺した!
これにより忠棟の息子・忠真が
島津家に対して反抗!
徳川家康や加藤清正などの
大名も干渉し、
大きな戦になりました!
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義弘の朝鮮での鬼島津(グイシーマンズ)は?本当?
島津義弘って、
朝鮮出兵で、
鬼島津
(おにしまづ)
と恐れられた
んだよね?
う〜ん、それなんだけど、
少し怪しいらしい。
え?
そうなの?
正確には、
鬼石曼子
(グイシーマンズ)
と呼ばれたらしいんだけど、
朝鮮での「鬼」は、
幽霊とかの意味を表すらしい。
幽霊島津?
意味が分からないな〜
そう、意味が通らないから、
本当に義弘が朝鮮で、
「鬼島津」と恐れられていたかは、
怪しいらしい。
なるほど!
ただ、泗川(サチヨン)の戦いで、
島津義弘・忠恒父子が、
奮戦して大勝利を得たのは
確からしいです。
島津家は朝鮮の陣では唯一、
加増されたそうです。
義弘・忠恒が
強いのは確かなんだね!
加増されて
貧乏も少しマシになった?
兵数も船も少なくて、
ここだけしか
アピールポイントがなかった。
とも言われてるけど😅
貧乏はつらい!
というわけで、
朝鮮出兵の時の島津義弘が、
「鬼島津」として
恐れられていたかは怪しい。
しかし義弘・忠恒父子が、
奮戦して大勝利を得たのは
確からしいです!
関ヶ原の戦いでの義弘の「敵中突破」は?
島津義弘といえば、
関ヶ原の戦いでの
敵中突破
も有名だよね!
敵の大軍の中を、
島津勢がすり抜けた
っていう話だね。
でもアレは、
島津軍の兵の数が、
少なかったからできたんだよ。
少なかったの?
300人
位しかいなかったんだよ?
え?
天下分け目の戦に
出陣するにしては、
少ないね!
しかも、
この当時の島津家当主は、
義弘の息子・忠恒(ただつね)
なんだけど、
なぜ忠恒でなく、
義弘が出陣したと思う?
そういえば、
この時の義弘って、
60過ぎたお爺さん👴
だったんだよね。
なぜ若い忠恒でなく、
歳を取った義弘が
出陣したのかな?
その答えは、
石田三成に対する感情にあるんだけど、
忠恒・義久 | アンチ三成 |
義弘 | 三成が好き |
だったんだ。
え?
なぜ同じ島津で、
三成への態度が、
分かれちゃうの?
それについては、
石田三成の島津家への内政干渉が、
ポイントになってくるので、
「不屈の両殿」を読んでみてください!
すると、
義弘の兵が
少なかったのも、
それに関連してくるわけ?
そう。
伏見にいた義弘は、
伏見周辺で兵を集めて、
関ヶ原の戦いに参戦した。
一方、
国許にいたアンチ三成の、
義久・忠恒は、
義弘に兵を1人も送らなかったんだよね。
なるほど。
義久・忠恒は本当は、
三成じゃなくて家康側に、
付きたかったんだろうね!
そして義弘は、
伏見にいた自分の手勢と、
志願してきた兵を集めて、
1500人にはなった。
それが激戦で減って、
300人程度に
なったわけね!
ただ、義久・忠恒が、
兵を送らなかったり、
「義弘が勝手に西軍に参加した」
と弁明する事で、
長宗我部盛親や立花宗茂の様な、
改易は免れたらしい。
というか、
領地を減らされることも
なかったみたいです!
それは良かった!
というわけで、
義弘の関ヶ原での敵中突破は、
兵の数が300人と、
少なかったからできたこと!
なぜ兵が少なかったかというと、
国許にいたアンチ三成の義久・忠恒が
伏見にいた三成大好き義弘に、
兵を送らなかったからです!
「不屈の両殿」まとめ
- 「島津家の九州統一戦(簡単に)」「豊臣政権での島津家」「朝鮮出兵」「庄内の乱」「関ヶ原の戦い」「琉球出兵」など島津家について書いてある!
- 豊臣政権での島津家、石田三成・細川幽斎などの内政干渉により貧乏に!そのため朝鮮出兵で十分な兵と船を用意できず、秀吉に「日本一之遅陣」と怒られ、弟・歳久の首を刎ねられたりしました!
- 島津忠恒が伊集院忠棟を斬り殺した!これにより忠棟の子・忠真が島津家に反抗し、庄内の乱を起こした!徳川家康や加藤清正など大大名を巻き込んだ大きな戦に!
- 朝鮮出兵での義弘が「鬼島津」として恐れられていたかは怪しい。しかし義弘・忠恒が奮戦して大勝利をおさめたのは確からしい。
- 義弘の関ヶ原での敵中突破は兵の数が300人と少なかったから!なぜ少なかった?アンチ三成の国許の義久・忠恒に兵をあまり送ってもらえなかったから!
感想:読後の義久・義弘のイメージは?
「不屈の両殿」を読んで、
義久・義弘のイメージって、
どう変わった?
義久については、
家臣には甘くて、
なかなか領内の混乱を、
収めきれずにいるんだけど、
秀吉や家康からの要求を、
のらりくらりとかわす外交上手
という風にも取れたな。
「薩摩が大阪や京、
江戸から遠い」
という要因も
ありそうだけどね!
義弘については、
強いイメージは変わらないんだけど、
人に騙されやすい苦労人
というイメージが付いた😅
石田三成とかに、
たぶらかされちゃう
良い人なんだね!
そんな感じです。
新名一仁先生の、
「不屈の両殿」義久・義弘、
面白かったです!
この記事を、
ここまで読んでくれたあなたはきっと、
「不屈の両殿」を面白いと思うはず!
ぜひ読んで
みてください!
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安く読めますよ!
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