【源義朝(みなもとのよしとも)の最期は?】誰に殺された?逃走ルートは?
こんにちは〜!
源義朝の最期は?
誰に殺された?
という疑問を持ってる人!
読んで欲しいです!
- 平治の乱の後、源義朝が逃げたルートは?
- 義朝は誰に殺された?
という内容で説明します!
野口実さんの
「源氏の血脈 武家の棟梁への道」
という本を参考に説明します!
鎌倉殿の13人から、
源頼朝・義経の父、
義朝に興味が出てきた人!
読んでみてください!
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平治の乱の後、源義朝が逃げたルートは?
![](https://tatsuya-book.com/wp-content/uploads/2022/07/IMG_3129-e1658553154173.jpg)
源義朝は平治の乱の後、
どういうルートで
京都から逃げたの?
六条河原で大敗した義朝は、
30騎ばかりの家人・郎党を伴って、
鴨の河原を北へ北へ逃れていった。
そこから八瀬・大原を越え、
山越えで近江に出、
そこから東国へ下るというコースを
予定したのである。
野口実「源氏の血脈 武家の棟梁への道」P74
![](https://tatsuya-book.com/wp-content/uploads/2022/07/IMG_3129-e1658553154173.jpg)
八瀬・大原から、
比叡山を越えたのか!
想像だけど、
逢坂峠・山科の方面は、
清盛の兵が封鎖してたんじゃないかな?
そして、
この後、
比叡山の荒法師に襲われた所を、
これを斎藤実盛の機転で切り抜けた。
ここで、
藤原信頼が追いすがってくるのを、
追い返したり、
義朝の叔父・陸奥六郎義隆が戦死。
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やはり簡単には
逃げられない!
龍華越(りゅうげごえ、
大原から堅田に至る通り道)
を通過した後、
義朝は堅田から船で、
琵琶湖を渡るつもりだった。
しかし波風が激しく、
船を見つけることが出来なかった。
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あらら!
そのため来た道を戻り、
東坂本
→勢田(瀬田)
と逃げる。
![](https://tatsuya-book.com/wp-content/uploads/2022/08/IMG_3141-e1660654610561.jpg)
琵琶湖が邪魔に
なってる感じで、
上手く逃げられないな〜!
平氏に追いつかれる
んじゃない?
そう。
義朝一行は不破の関(岐阜県関ヶ原町)
を目指したものの、
途中で13歳の頼朝が一行とはぐれるなど、
アクシデントがあった。
さらに、
不破の関は敵が
厳重に固めていたらしい。
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やはりか〜!
一行は北の小関(こぜき、関ヶ原町)
を目指して進むが、
猛吹雪🌨に合い、
また頼朝の姿が見えなくなってしまう。
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ここで義朝と頼朝は、
もう会えなくなって
しまったの?
そこが良く分からないんだけど。
そして一行は、
青墓の宿(岐阜県大垣市)にたどり着き、
ここで3手に分かれた。
義朝は鎌田正清と2人で、
源氏の家人で正清の舅(しゅうと)でもある
尾張の野間内海庄(のまうつみのしょう、
愛知県美浜町・南知多町)
の庄司・長田忠致(おさだただむね)
を頼った。
野口実「源氏の血脈 武家の棟梁への道」P74
青墓の宿(岐阜県大垣市)から、
(河川・海上を経由した可能性が高い)
野間内海庄(愛知県美浜町・南知多町)
へ渡った。
以上が義朝が逃げた経路になります。
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ということは、
義朝は、
この野間内海庄で、
誰かに殺されるのか!
そういう事になるね。
逃走ルートをまとめてみると、
六条河原
→八瀬・大原
→堅田
→東坂本
→瀬田
→小関(関ヶ原町)
→青墓(大垣市)
→野間内海庄(愛知県美浜町・南知多町)
Googleマップだと、
こんな感じですね。
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京都付近を出るのに、
一番手間取ってるな〜💦
義朝は誰に殺された?
![](https://tatsuya-book.com/wp-content/uploads/2022/07/IMG_3129-e1658553154173.jpg)
それで義朝は、
誰に殺されたの?
野間内海庄の庄司、
長田忠致!
(おさだただむね)
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ま、まじか!
頼った相手に
殺されるのかよ!
そう。
裏切りだ。
しかも長田忠致にとって婿に当たる
鎌田正清も、
殺されてしまった。
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なんてこった
パンナコッタ…
というわけで、
源義朝は、
野間内海庄の庄司・長田忠致に、
裏切られて殺されました!
源氏については、
いろいろ記事を書いてます!
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源義朝の最期まとめ
- 源義朝は平治の乱で負けた後、六条河原→大原→堅田→東坂本→瀬田→小関→青墓→野間内海庄と逃げた。
- しかし野間内海庄の庄司・長田忠致に裏切られ、鎌田正清とともに殺された。
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そして、
この後、
頼朝は捕らえられ、
池禅尼に助けられるわけか!
この話にも裏があるので、
興味のある方は上の記事を、
読んでみてください!
大分省いて書きましたが、
逃走中、
かなりもたついてます!
そこら辺の詳しい所は、
野口実さんの、
「源氏の血脈 武家の棟梁への道」
を読んでみてください!
「鎌倉殿の13人」にもでてきた、
上総介広常や三浦義澄も、
出てきます!
「源氏の血脈」は電子書籍で読むと安い!
また「源氏の血脈」、
電子書籍で読むと安いですよ!
(すいません、
諸事情により広告を消しています。
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以上です!
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さようなら〜!!
最後まで読んでいただいて、
ありがとうございます!
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